2025/09/10
「経営改善」管理職の手を空ける大切さ
多くの中小企業では、管理と現場作業を兼務するプレイングマネージャーが多くなる傾向にあります。
人件費を抑えるという点では一見有効なように見えるこの業務形態が組織改善を大きく阻害していることをご存じでしょうか。
「理由 その①」
現場の視点と管理の視点の両方をバランス良く持つこと自体が本来難しい上に、組織(情報)の結節点という重要な機能を阻害してしまうからです。
単純な話、管理職になる前となった後の区切りを明確にしなければ切替えがうまくいきません。
特に、同じような業務同じ人間が長く務める傾向がある中小企業では余計にその境界線が曖昧となり、組織間の結節点という認識すら持つことが出来ない傾向にあります。
慣れ親しんだ、勝手知ったる部署、業務に居続けるのですから、ある意味当然のことと言えるでしょう。
「理由 その②」
自らの役割が変わったことを実感できません。
プレイングマネージャーのプレイングの部分、多くはルーティンワークです。
ルーティンワークはある意味繰り返し作業、これは精神的には実は楽なのです。
その上、何となく仕事をしている気に慣れます。
(体(手)は動かしていますから)
結果として、マネージングの方は手付かずの状況になり易いという訳です。
というか、多くの場合は手付かずでしょう。
慣れ親しんだ業務で、慣れ親しんだ部下と一緒に、何となく役職が上がったけれども特に何かを変えなければならないという危機感を、自他共に感じにくいのである意味当然です。
また、人間それほど器用ではありませんので、並行作業(マルチタスク)なんてそもそも成り立たちません。
主婦が行う料理等はマルチタスクではないかというご意見もあるかもしれませんが、実際のところは切り替えが素早いだけであり、あくまでも一つの作業を行っているときはそれに集中しています。
では、プレイングマネージャーの場合はどうでしょうか。
基準を決め、必要に応じて更新、実行させて評価、検証が求められる管理業務と、実行のための作業を伴う作業者としての業務、どちらに意識が偏るかは一目瞭然です。
特に、考えなくて済む作業(標準作業)の方が楽ですから、どうしてもこちらに引きずられます。
そして、プレーヤーであるため、そのプレーヤーとしての狭い基準にどっぷりと漬かりこんでしまいます。
こうなると、結節点としての機能(即ち本来の管理機能)は間違いなく喪失します。
結果、部分最適に陥り、蛸壺のような状態が出来上がっている企業が数多く見受けられます。
経営側としても、その部署を良く知っている者に任せる(ある意味丸投げ)と楽ですから、牽制機能が働きにくい点もこれを助長するでしょう。
これでは、経営環境の変化に柔軟な対応を求めることは不可能です。
当社が経営改善に取り組むときに必ず行うのがこの機能の復元です。
それも、組織の上位部分、経営層が行ってきたマイクロマネジメントを止めていただき、社長(代表取締役)を真のトップとして、その下の取締役が経営改善の責任者となり、実働部隊として最低1名の改善担当者(管理職)を任命することが多いのが実状でしょうか。
以降、まずはこの改善担当者の手を空けることから多くの改善はスタートとなります。
本質的に、物事を変えるためには戦力の集中が必要不可欠です。
その為に必要なのは、まず時間(管理者=改善の主導者となる者の時間)です。
努力目標ではこの「考える-知る-行動する-検証」するための「時間」は作れません。
ある意味、強制力が必要不可欠と言えるでしょう。
また、部門間調整にも時間は必須です。
「二兎追うものは一兎も得ず」、条件の絞り込みのための「整理」が望まれます。
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